★「アウンサンスーチー」ミャンマー総選挙の考察「民主化運動」★

アウンサンスーチー,ミャンマー総選挙

 

◆民主化という単一争点の不幸。民主主義の欠陥は繰り返されるのか? アウンサンスーチー氏が語る理想と、格差と貧困という社会現実◆

 

2015年11月8日にミャンマーにて5年ぶりの総選挙(国政選挙)が実施され、日本でも多くの報道がなされました。日本のマスメディアには世界の物事の重大性を吟味する意欲が欠けているようで、報道対象は視聴者の興味を引けるか? が重視され過ぎていると感じています。ミャンマー総選挙も、アウンサンスーチー氏という、ノーベル平和賞受賞歴のある女性のネームバリューに便乗して、報道したのでしょう。日本の国防や貿易にとってもっと重要な国はいくらでもあるのに、他国の選挙報道はまずありませんから。世界政治や世界経済の重大なトピックスは報道しないにも関わらず、イベントだけは盛り上げようとする日本の報道姿勢というか、放送局(TV)には辟易してしまいます。

 


さて、マスコミ批判はこれくらいにして、ミャンマー総選挙のお話しです。連邦選挙委員会(UEC)による正式な結果発表が待たれるところですが、出口調査や各種情勢から、アウン・サン・スー・チー党首が率いる野党の国民民主連盟(NLD)が、7割以上の議席を確保したのは確実な情勢との情報が伝わって来ました。ミャンマー国民の選択であり、私や他国の政府やマスメディアが是非を語るのは無責任かもしれませんが、私は今回の総選挙の結果に既視感を覚えました。そう、アラブの春やタイ軍事クーデーター前夜にそっくりではないでしょうか。

 

 

●アウンサンスーチー党首とは? ノーベル平和賞の圧倒的なネームバリュー

 

ミャンマーの総選挙やアウンサンスーチー氏については、NEWSやWIKIを見ればすぐわかりますので、わざわざ説明するまでもありませんが、最低限の情報としてざっくりとした経歴を以下に記載しましょう。
 
アウンサンスーチー氏は、民主化運動の指導者であると形容されます。ビルマの国防相であったアウンサン氏の長女として生まれ、母親はインドの大使(外交官)であったため、父親暗殺後はインドで学び、イギリスオックスフォード大学で学位を取得されました。ニューヨークでの国際連合事務局にて書記官などの勤務経験を経て、歴史研究者や社会活動家として頭角を表し、1990年の総選挙に勝利し政治家となりますが、軍事政権の元自宅軟禁状態を強いられました。その後、国際社会からの支援などもあり、政治の表舞台に復帰したのであります。

 

アウンサンスーチー勝利


以下は個人的な意見であることと、決してアウンサンスーチー氏を否定するものではないことを先にお断りしておきます。WEBメディアを含めた情報を客観的に見れば、彼女は「ビルマ建国の父の娘という二世議員」であり「裕福な家庭で育ったエリート」であり「欧米がミャンマーを民主化するために利用」している面があることも一つの情報として認識しておかねばならないでしょう。
 
そもそも1991年のノーベル平和賞受賞も何に対する功績であるのか不明確な点も少なくありません。なぜなら彼女の民主化運動は弾圧され、数千人の犠牲者を出したのです。加えて、起業経験があるわけではありませんし、企業経営や政治運営の経歴があるわけでもない。彼女のカリスマ性と行動力には誰も異論がないにせよ(不屈の精神には畏敬の念を覚えてますが)、アウンサンスーチー氏の能力は未知数であると言えるのではないでしょうか?

 

 

●国民は民主化を望む。政権交代により理想は実現し期待は満たされるか?●

 

投票の結果、アウンサンスーチー党首は第1党となり、民主化運動が成功したかに見えます。しかし、政権交代が実現された後、国民は自由な権利や生活の向上を手にすることが出来るかといえば、そんなものは約束されていません。アウンサンスーチー氏は民主主義や政権交代については熱く語っていますが、ミャンマー今後の発展に向けたビジョンや、具体的な経済政策については、調べてもなかなか見えてきません。

 

民主化運動


つまり、今回の選挙は「ミャンマーを民主化しますか?」それとも「実質的に軍が権力を握る独裁政権を応援しますか?」という単一化された争点になっているのです。貧しくて搾取されていると考える大多数の国民が現状打破を期待し、民主化を望むのは当たり前のことでしょう。しかし、問題は民主化された後に果たして平和や公平な社会が実現されるのかということと、経済が成長し生活レベルが向上するのかということでしょう。


私はアラブの春のように、庶民が描いた夢が蹂躙されることを危惧せずにはいられません。実際にエジプトやリビアで民主化が成功したとは言えず、シリアは地獄と化しました。タイは軍によるクーデターが発生し現在も政治の混乱が経済にも悪影響を及ぼしいています。事実として、近年の民主化運動が成功したケースはほとんどありません。国民は生活の改善と自由な権利を望みますが、アウンサンスーチー氏が語るビジョンに国民の期待に応える政策は明確ではなく、そもそも軍が議席や様々な権益を握っており、民主化運動がバラ色の未来をもたらすなどというのは、夢物語であり絵空事に過ぎないと言えば言い過ぎでしょうか。

 




 

◆アラブの春は失敗に終わり、不況と社会不安が増大した◆

 

●チュニジア「ジャスミン革命」のケース Facebookがデモを助けた●

 

ここで、チュニジアとジャスミン革命についておさらいしておきましょう。2010年12月北アフリカのイスラム国チュニジアで、路上の野菜売りの青年が警察の不当で不適切な摘発に抗議し焼身自殺する事件が起きました。チュニジアでは、ベンアリ政権が長期独裁を続けており、腐敗体質や人権抑圧、秘密警察の監視や強硬な取り締まりが横行しており、経済的困苦にあえぐ人々の不満が燻っていたのです。そんな中、この青年の焼身自殺をきっかけに、体制打破を願う民衆が抗議デモを行ないました。

 

その規模は当初数千人規模でありましたが、若者を中心としたメンバーがSNS(フェイスブックやツイッター)を積極的に活用することにより、デモの賛同者は拡大を続け、2011年1月、民衆に内務省を包囲されたベンアリ大統領は、全閣僚の更迭と選挙の実施を発表。しかし、国民の納得は得られず、サウジアラビアに出国(実質的に亡命)しました。その後2011年11月に民主主義の名の下に普通選挙(比例代表選挙)が実施されましたが、2013年には政府批判を行っていた野党のベライド党首が暗殺されます。その後も世俗派野党の党首暗殺が続くという非常事態に。2014年1月、制憲議会は新憲法案を賛成多数で承認し、一定の成果が見えた部分ももちろんあります。

 

ジャスミン革命の真実

 

結果、情報アクセス権の制限や、政府による検閲等は新政権により緩められ、言論・報道の自由・権利が認められるようになりましたが、労働争議や暴力的な抗議活動、保守的なイスラム主義者による暴力行為も頻発しているとのこと。主要産業は観光や農業、工業、石油製品などであるが、政変による混乱を嫌う欧米人を中心とした観光客の減少による観光収入の減少、財政悪化や失業率の増加により、チュニジア経済が革命以前より改善したというデータや報道はなかなか見つかりません。チュニジアの民主化運動である本事件が、その後アラブの春と呼ばれる政権交代の契機となったため、象徴的な事件としてジャスミン革命として語られていますが、革命のその後と検証を報道すべきでしょう。

 

<参照記事(外部リンク)>
革命後2年のチュニジアに見る現実

革命後チュニジアの政治的不安定

 

 

◆知識の乏しい者から利用される。民主主義の欠陥と民主化運動の闇◆


●政権運営に必要なのは、理想を実現するための、課題を解決する実行力●


いずれのケースも経済的に余裕のない庶民や若者が、普及したインターネット&SNS(Facebook/twitter)の影響を受け、民主化運動を応援することになり、政権交代が起きました。国民が期待したのは、貧困や格差の是正、腐敗撲滅や人権重視、民主主義と成長による生活の安定でしょう。しかし、政権は交代したが国民の生活は変わらない、もしくは生活がさらに苦しくなったという現実があったのです。
 
なぜなら、新たに権力を得たものは、既得権益や独裁者に代わり利益や便益を独占したり、そもそも政治経済を適切に運営する能力自体を持ち合わせていなかったためです。政権交代時や権力移行時には権限の横取りや便乗が発生します。つまり、可哀想なことに、無知で無教養な国民は、綺麗ごとを発して弱者の味方面する政治家や社会活動家に利用するだけ利用され、使い捨てされるケースが少なくない。そして許しがたいことに、少しも公約が実現されないことが多々ある。それが理想の後の現実です。

 

●報道を鵜呑みにするな。自由や民主主義を耳にする際に判断力を持とう●

 

あなたはTVを中心とするマスコミが報道する情報に対して、真偽を意識して視聴/購読しているでしょうか? 残念ながら多くの人は、疑問を持たずそのままの情報を鵜呑みにしてしまう傾向があります。別にマスコミを全面的に否定するつもりもなければ、TVの情報を信じてしまう人々を批判するつもりもありません。ただ、忘れないで欲しいのです。TVも新聞もただの私企業の一つに過ぎないということを。株式会社の目的は、利潤の追求であり、利益の拡大です。
 
情報はマスメディアによって選別され、放送局や広告主の都合の良い情報に加工されて我々の元に届く可能性があります。だから、自身の頭で考えて判断する癖をつけましょう。ミャンマーで民主化が実現されれば、それは素敵なことかもしれませんが、アウンサンスーチー氏が一人で国が変えられるわけでもなければ、70歳の彼女を利用(悪用)しようとする人間がいないはずがないでしょう。

 

ミャンマー総選挙とアウンサンスーチー氏が映る海の向こうの世界は、途上国の良い話などではなく、権力を巡る闘争や、周辺国のアプローチ、泥々の選挙戦、そして単一論争の怖さを我々に教えてくれる貴重な情報であることを意識したいものです。そして、無知で無教養な国民や、生活が苦しい庶民につけ込み、権力を拡大させようとする勢力はいつの時代でもいることを忘れないでいましょう。